2005年5月9日

いまさら、Re: 春眠不覚暁

しばらく更新していなかったので、いまさらで申し訳ないが、アキラの「春眠不覚暁」に関して。

「ユーザーを眠らせない」ためだけのシステムでは、解決できないと思われる。
つまり、アラーキーの言う「ユーザーはいずれ慣れる」という人間の適応能力の高さだ。
ユーザーはいずれ、あらゆる眠らせない行為に慣れる、
もしくは眠らせない障害を取り除くことを睡眠のフローに取り入れてしまうと思うのである。

そこで、「ユーザーを眠らせない」のではなく、
「ユーザーに、もう起きようかな、思わせる」のがいいのではないか。
そこにユーザーの意思の尊重というものを存在させるのである。
Matrix で アーキテクトが言うように、「選択」つまり、自分の意思が尊重されていると思えれば、
人間はそれを比較的容易に受け入れてしまうのである。

さて、長くなってしまったので、「ユーザーに、もう起きようかな、思わせる」手段については、
また次の機会に述べるとしよう。



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コメント(2)

» akira :

ホワイティではなくアラーキーである。

» sohda Author Profile Page:

おっと、大変失礼しました。
直しました。

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